私について

※私に関する内容は、全てこの記事にまとめ、字数制限を除いて新しい記事を乱立することは防ごうと思います。

 

最近はMBTIという言葉を私生活でも耳にするようになり、少々驚いています。

ここまで知名度が上がった今なら、明け透けにしても問題ないかなとは思っています。

私がMBTIに出会ったのは、2016年頃で、亡きサイト「MBTI性格タイプ論の視点から世界を覗こう」を始めとして色んなサイト、本を漁りました。

 

ブログの題名通り、診断結果はINFJです。INTJやINTPのように見られることも多々あります。

またあまり詳しくわかりませんが、エニアグラムの結果を載せておきます。

3 タイプ①完璧主義者
9 タイプ②献身家
3 タイプ③達成者
4 タイプ④芸術家
9 タイプ⑤研究者
8 タイプ⑥堅実家
1 タイプ⑦楽天
4 タイプ⑧討論者
8 タイプ⑨仲介者

 

~~ 性格について ~~

私は私生活ではあまり大っぴらに話しません。

自分が考えていること、思っていること、興味のあることは大抵的外れ、マイナーなことが多く、良い反応をされることが少なかったからです。

仲が良い方とはある程度、(特殊な)趣味で盛り上がれますが、電車内や店内など第三者の目がある場では、それすらも抑えます。

初対面の方には何も開示しないので、取っ付きづらい、怖い印象を与えると思います。

興味のあることに多大な時間を使って調べ考えて、知識を蓄えるのが基本スタンスですが、納期が決めてあるなど早さを求められる場は苦手で、本質を掴めないまま中途半端な仕事で終わらせることにかなり抵抗があります。個人的な経験でも、短時間で仕上げた仕事が評価されたことはほぼありません。

このややこしい性格を呪い、大多数の一人になれたらどんなに気が楽だろうかと20年程常に悩んでいます。

 

~~ 私生活について ~~

長年続けた会社員生活に終止符を打ちました。労働のために時間を使うというデメリットと、その在り方にいよいよ我慢できなくなりました。

残念ながら、私の能力や思想は会社員を続けていく上で不向きと言わざるを得ません。

 

新陳代謝と足腰に不安を覚え、20歳から朝ウォーキングを続けています。白湯が美味しく感じるので、食費は抑え気味です。

無類のお菓子好きなので、少しでも多く間食をするために健康に気を遣っています。

 

~~ 思想について ~~

就職や進学を機に自己についていつも以上に考えるのですが、どうも掴みにくいのです。

自分が一体何をしたいのか。目標に手を伸ばすには何を勉強すればいいのか。どういった会社に入るのか。どう対策するのか。そういった論理展開で、すべての生徒に合理的な進路提案をするという目的があるのでしょう。しかしながら私が興味を持っている数学、心理に直結する仕事が直ぐに思い浮かばず、いつもそこで足踏みするのです。この辺りは高校1年生くらいからほとんど答えが出てなく、もう夢を見るのはやめなさいという年齢まで騙し騙し過ごしてきました。

 

私は幼いころから、自分の才能について考えてきた。自分の情熱や時間を全て充てられるものがあれば、それに専念できるとしたら、どんなに幸せだろうと常々考えていた。

 

私は美しい品物や構造物が造られる過程を見てきたわけではないが、完成品を見ていつも打ちひしがれる。ああ、自分個人だけでは努力しても辿り着けない域なんだと。組織の努力の成せるスケールの大きさには、雄大な景色を見るときと同じくらい圧倒される。

 

大多数の人が抱える「生きづらさ」。上手にその課題に立ち向かえば自己実現の道を見つける足掛かりになりますが、日々の忙しさにかまけて目を背けてしまう人も少なくありません。私の今後の目標は、その原因を探り、ちょっとした不安の解消の手助けをすることです。

「なんとなく生きる」、「騙し騙しやっていく」というと凄く柔軟性があり、しなやかな印象がありますが、残念ながらその心持で乗り切れる情勢ではなくなってきています。30年後のことを考えて、自身が身を置く組織自体が存続できているのか、自分自身が退職後に進む道に靄はないか、納得できるか。全ては自己理解を基に解決口を見つける課題だと思います。

 

~~ 過去について ~~

覚えていることは少ないですが、書いていきます。

・高校まで

小学校入学頃から記憶があります。よく旅行に連れて行ってもらいましたが、兄弟姉妹とはしゃいで車の中で爆睡した記憶しかありません。当時からひどい偏食で、嫌いな食べ物はとても多かったです。友達は多く、行事の参加に困ったことはありませんでした。成績も良く、親や教師の言いつけをよく守っていたので、おそらく聞き分けのいい子供と思われていたでしょう。親や社会からの縛り付けが重く感じ、早く一人前の大人になりたいと思っていました。ぼーっと一点をみつめることが好きで、答えのない道徳的な問題について考えるときはよくそうしていました。夢は数学の研究者でした。自分なりの考え方や願望などは特になく、美術方面の才能はからっきしでした。理由のわからないことで楽しそうにしている、いじめをしている友達のことは何だろうとおもっていました。特に初めて違和感を覚えた場面はエピソードとして今もなお覚えています。いじめをする人の心理がわからず、理由を聞いてもなお納得できませんでした。身近に本当の意味で気の合う友達が少なく、自分がもう一人いたらいいのにと常々思っていました。初めて敵意を向けられる怖さと、集団規範を感じたのはこのころです。普段は友達と外で遊ぶことが多かったです。周囲の同級生は、皆少々の色合いは違えど、基本的に規範を守るという意識は共通していたように感じます。人生で初めて後悔したエピソードを強く覚えています。体育の授業のとき、マット運動の全体披露までに一つの技が習得できず、結局挑戦すらせずに終わってしまいました。この時初めて、逃げた悔しさを認識しました。

中学には受験勉強をせずに入学しました。詰め込み教育に特に疑問を感じることなく覚えていき、学業には自信がありました。初めて触れた数学の証明の単元に感動し、のめり込みました。たまにぼーっとする癖は抜けず、他の授業の時間も証明問題を考えるようになりました。部活動は友達が多い運動部に所属しました。運動神経は並以下で、1年生のころ貰ったレギュラーも3年生のころには剥奪されました。周囲の同級生と比べると自主性はかなり遅れを取っていました。小学校のころと比べて、私はこう考える、こうであるはずだ、こうしなくちゃ嫌だという周囲の変化が顕著に表れたように感じて、皆が一個人としての色合いを強く出し始めている感覚がありました。大人も含めて同級生には自分と似ている人は見当たらず、結果かなり内向的になり、明らかに避けられることもありました。周囲の同級生は、受験や将来を意識し、具体的な進路を決定している人もいれば、ルールに不満を覚えて、成長した体躯に任せて反抗する人も見受けられました。

・高校時代

進学に伴って、将来を考えるようになりました。

大学時代

社会人以降

嫌いな食べ物はありません。全て美味しくいただきます。お菓子が別腹なだけです。